風 景

和歌山


 樫野埼灯台


   訪問日


 2014年 9月


詳 細


 和歌山県 串本町にある灯台です。
 本州最南端の潮岬に近い紀伊大島の東端にあります。
 保存灯台 Bランクとなっています。
 樫野崎はエルトゥールル号遭難事件が起きた場所で日本とトルコの友好の地でもあります。

 幕末に結ばれた江戸条約によって建設された8つの灯台のうちの一つです。
 「日本の灯台の父」と呼ばれる英国人リチャード・ヘンリー・ブラントンが日本で最初に設計した灯台です。
 日本最初の石造灯台であり、最初の回転式閃光灯台でもあります。
 
 初点は1870年で、群閃白光20秒毎2閃光となっています。
 光度は44万カンデラで、光達距離は18.5海里(約34km)です。
 塔高は15mですが、30m程ある崖の上に建てられているので見通しが良いです。
 灯塔は元は1段だったそうですが改築して継ぎ足した為、2段となっています。

 1869年に着工し翌70年に完成しました。
 ブラントンは灯台だけでなく官舎も同時に設計しています。
 官舎は1890年に起きたエルトゥールル号遭難事件の際、救助拠点にもなりました。
 官舎は資料館として公開されているようです。(工事中でした)
 灯台の内部は公開されていませんが、灯塔に展望台が併設されており上がって眺める事が出来ます。

 駐車場から灯台までの間にトルコ記念館とエルトゥールル号遭難事件の慰霊碑があります。
 この事件で500人以上の犠牲者が出ましたが、住民総出の救助により69名がオスマン帝国に送還されました。
 その時の恩返しで有名なのが、遭難事件から95年後の1985年、イラン・イラク戦争中だったイラクが突然
 イラン領空の民間機も含め全ての航空機を撃墜すると声明を出した時、トルコが救援機に日本人を乗せてくれた話です。
 声明が出た時、救援機を出せなかった日本政府と出さなかった日本航空のせいでイランに約200人が取り残されましたが、
 トルコによる救援機で脱出しました。
 ことわざの「情けは人の為ならず」の大切さがよくわかる逸話かと思います。


行き方


 串本町市街地から県道41号線に入り「くしもと大橋」を渡ります。
 県道を道なりに東端まで行けば終着が駐車場です。
 県道41号線は周遊道路になっているのでどちらから入っても大丈夫です。






入り口。
灯台の鑑賞は無料です。




官舎。
窓が特徴のあるデザインです。




官舎は有形文化財です。




灯台。
螺旋階段で展望台に上がれます。
中段が追加されています。




下段は石造りであるのが分かります。




螺旋階段より。




周囲は切り立った崖と岩礁です。




官舎は最初は四角い箱だったようです。








船からよく見える様に壁が白く塗られていたそうです。




慰霊碑。








海岸からすぐに崖です。
流れ着いた船員は崖をよじ登り、灯台守に助けを求めたそうです。




トルコ記念館。
右手にあるのは日本赤十字社の記念碑。
日本赤十字社の平時初の国際救護活動になったそうです。






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